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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)5517号 判決

原告

村松勢智

ほか一名

被告

中川安株式社会

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告らに対しそれぞれ金二〇九万七七三〇円およびこれらに対する昭和五〇年七月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは各自原告らに対しそれぞれ金六五四万九二六〇円およびこれらに対する昭和五〇年七月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(三)  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二請求原因

一  事故の発生

(一)  日時 昭和五〇年二月一九日午後四時五分頃

(二)  場所 東京都中野区大和町一―二五―七先路上

(三)  加害車 軽四輪貨物自動車(六六品川あ三七〇七号)

右運転者 被告河合

(四)  被害者 訴外亡村松智通(以下単に智通という。)

(五)  態様 智通は右道路と交差する幅員一・二メートルの道路上で空かん蹴りの遊びをしていて空かんをとりに行くため事故現場道路に出た途端に左側から進行してきた加害車に接触された。

(六)  結果 智通は本件事故のため左下腿骨骨折、左足背挫創兼捺過傷、頭蓋内出血の傷害を受け、直ちに横畠外科病院に入院し、その後東邦大学医学部付属病院に転院して治療を受けたが、昭和五〇年二月二七日死亡した。

二  責任原因

(一)  被告中川安株式社会(以下単に被告会社という。)は加害車をホンダ信販株式社会から賃借していたものであり、事故当時被告会社の使用人である被告河合が運転中であつたから、被告会社は自賠法三条に基き本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告河合は前方不注視、安全運転義務違反の過失によつて本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基き本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  葬儀費用 五〇万円

原告らは智通の死亡に伴い一般葬儀費のほか仏壇、墓石購入費等を含めて七〇数万円を支払つたが、このうち五〇万円を本件事故による損害として請求する。

(二)  逸失利益 一九八一万〇六七五円

智通は事故当時七歳の健康な男子であつたから、本件事故にあわなければ一八歳から六七歳まで稼動し、その間昭和四八年度の全国男子平均賃金一六二万四二〇〇円の三〇パーセント増しである二一一万一、四六〇円程度の収入をあげることができたはずである。そこで、生活費として収入の二分の一を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して智通の逸失利益の現価を計算すると一九八一万〇六七五円となるところ、原告らは智通の両親として右逸失利益請求権を二分の一宛相続した。

(三)  慰藉料 各三五〇万円

智通は原告らが将来を嘱望する最愛の長男であり、本件事故によつて智通を失つた原告らの悲しみは言語に絶するものがある。よつて、原告らの右精神的苦痛を慰藉するためには原告らに対し各三五〇万円をもつて相当とする。

(四)  弁護士費用 各五〇万円

四  過失相殺および損害の填補

本件事故発生については智通にも二割程度の過失があるので、弁護士費用を除く前記損害につき二割の過失相殺をするのが相当と認められるところ、原告らは自賠責保険から九七五万円を受領したので、その二分の一宛を右過失相殺後の損害に充当する。

五  結論

よつて、原告らは被告ら各自に対し、それぞれ六五四万九二六〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年七月九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの認否および抗弁

一  認否

(一)  請求原因一は認める。

(二)  請求原因二の(一)のうち被告会社がホンダ信販株式社会から加害車を賃借していたことは認めるが、その余は争う。同(二)は争う。

(三)  請求原因三のうち原告らが智通の両親であることは認めるが、その余はいずれも争う。

なお、逸失利益についてはライプニツツ式計算法によつて中間利息を控除すべきであり、就労可能年数に達するまでの養育費も控除すべきである。

(四)  請求原因四のうち智通に過失があつたことおよび原告が自賠責保険から主張の額を受領したことは認めるが、智通の過失割合は争う。

二  抗弁

(一)  本件事故は、智通が加害車の進行方向からは数メートルに接近するまでその存在を確認することができない幅一・二メートルの路地から非常な勢いでとび出してきた過失に起因するところが大であるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(二)  被告らは原告が自認する自賠責保険金九七五万円のほかに原告らに対し智通の治療費として六八万五〇六〇円、葬儀費として二四万五、〇〇〇円、その他の損害填補として六万四九二五円を支払つている。

第四抗弁に対する原告らの認否

一  抗弁一については智通に過失があつたことは認めるが、過失の態様および程度は争う。

二  抗弁二は認める。

第五証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  被告会社がホンダ信販株式会社から加害車を賃借していたことは当事者間に争いがなく、さらに、被告河合本人尋問の結果によれば、事故当時被告河合は被告会社の業務のために加害車を運転していたことが認められるから、被告会社は加害車の運行供用者として自賠法三条に基き本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二)  成立に争いのない乙第三号証の一ないし一一、同第五号証、昭和五〇年一一月九日に本件事故現場附近を撮影した写真であることに争いのない甲第八号証の一ないし一六、証人中村俊夫の証言によつて成立を認め得る甲第九号証、証人中村俊夫の証言ならびに被告河合一郎および原告村松幾代の各本人尋問の結果を総合すると、

1  本件事故現場は大和町三丁目から環状七号線方面に東西に通ずる歩車道の区別のない全幅員三・六五メートルのアスフアルト舗装の直線道路と右道路から早稲田通り方面(南)に通ずる全幅員一・七メートルのアスフアルト舗装の私道(以下、この私道を本件路地という。)が交差する交差点で本件路地に対する右東西道路からの見とおしは西側角に高さ一・九二メートルのブロツク塀、東側角に高さ二・〇五メートルの板塀が道路に接して立つているので悪いが、本件路地から約九メートル西方の東西道路中央附近からは本件路地の中央で東西道路の側端から約〇・三メートル本件路地内に入つた地点まで見とおすことができ、また、右交差点の東方約三三メートルの地点には啓明公園および啓明学童クラブがあるほか道路の両側には一般住宅が建ち並び、本件路地以外にも交差する路地が多く、これらの路地についても道路に接してブロツク塀や生垣が続いているので見とおしは良好ではなく、交通規制としては昼夜とも最高速度は四〇キロメートル、東行一方通行の規制がなされていたこと、

2  被告河合は加害車を運転して右東西道路を時速約二五キロメートルで東進してきて前記交差点の手前四メートル位のところに差しかかつたとき、右前方約四・四メートルの本件路地中央附近から自車の進路前方に向つてとび出してくる智通を認め危険を感じて急ブレーキをかけたが間に合わず、自車右前部を智通に衝突させて同人をその場に転倒させ、右前輪二・七メートル、左前輪〇・八五メートルのスリツプ痕を残し、衝突後約四・二メートル進行して停止し、他方智通は友人二名と本件路地で遊んでいるうち、右東西道路の道路わきにおいてあつた空かんを取りに行くため左右の安全を確認することなく右東西道路にとび出したところを左方から進行してきた加害車に衝突されたものであること、

3  被告河合は、本件事故前も被告会社の業務で定期的に右東西道路を運行しており、本件路地の存在については明確に認識してはいなかつたが、右道路の状況はよく知つていたこと

以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は他の証拠に照らして措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によると、被告河合が智通のとび出しを発見した時点では同人との衝突を避けることはできなかつたと認められるが、前記東西道路は交差する路地や住宅から子供等のとび出しが予想される裏通りの路地ともいうべき幅員の狭い道路であるから、かかる道路に自動車を乗り入れる以上は子供等のとび出しがあつても直ちに停車できるよう十分に速度を落して進行すべきであるのに、被告河合は漫然時速二五キロメートルの速度で進行していたものであり、同被告には安全運転義務違反の過失があつたといわざるを得ず、したがつて、同被告は民法七〇九条に基き本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  治療費 六八万五〇六〇円

智通の死亡までの治療費として六八万五〇六〇円を要し、右治療費は被告らにおいて支払ずみであることは当事者間に争いがない。

(二)  葬儀費用 四〇万円

原告村松幾代本人尋問の結果によつて成立を認め得る中第五ないし七号証および原告村松幾代本人尋問の結果によると、原告らは智通の死亡に伴つてその葬儀をとり行い、その費用および墓石仏壇等の購入費用として一〇〇万円を下らない費用を支出したことが認められるが、このうち四〇万円(原告らに対し各二〇万円宛)の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(三)  智通の逸失利益 九九一万九二三二円

原告村松幾代本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、智通は本件事故当時七歳の健康な男子であつたことが認められ、右事実によると智通は本件事故にあわなければ平均余命の範囲内で一八歳から六七歳まで稼動し、その間男子労働者の平均賃金程度の収入をあげることができたはずであると推認される。そして、労働省発表の昭和四九年度賃金構造基本統計調査報告第一表によれば、全産業、企業規模、学歴計の男子労働者の平均給与月額は一三万三四〇〇円、年間の賞与その他の特別給の額は四四万五九〇〇円であるところ、昭和五〇年以降の賃金上昇率は控え目にみても五パーセントを下らないことは公知の事実であるから昭和四九年度の平均賃金に右賃金上昇率を加算した額を基礎とし、生活費として収入の五〇パーセントを控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、さらに、智通の稼動開始までに要する養育費は右稼動能力の取得のための必要経費であるからこれを控除すべきであるところ、右養育費として月額一万五〇〇〇円を下らない額を要することは公知の事実であるから、これについても前同様中間利息を控除し、前者から後者を差し引いて智通の逸失利益を計算すると次の算式のとおり九九一万九二三二円(円未満切捨)となる。

〔(一三三四〇〇×一二+四四五、九〇〇円)×一・〇五×〇・五×(一八・九二九二-八・三〇六四)〕-(一五、〇〇〇円×一二×八・三〇六四)=九、九一九、二三二円

(四)  権利の承継

原告らが智通の両親であることは当事者間に争いがなく、右事実によると、原告らは智通の死亡に伴つて前記逸失利益請求権を二分の一宛相続したものと認められる。

(五)  慰藉料 各三五〇万円

前示智通の年齢原告らとの身分関係、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、智通の死亡によつて原告らが受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告らに対し各三五〇万円をもつて相当と認める。

四  過失相殺および損害の填補

本件事故発生については、前認定のとおり智通にも左右の安全を確認することなく道路にとび出した過失が認められるが、前認定の被告河合の過失、事故態様等を考慮すると、前記三の(一)ないし(三)および(五)の損害のうち(一)の治療費を除く損害について二割の過失相殺をなし、原告らが被告らに対して賠償を求め得べき額はそれぞれ七二七万〇二二二円とするのが相当であるところ、原告らが被告らおよび自賠責保険から合計一〇七四万四九八五円を受領したことは当事者間に争いがないから、その二分の一宛を各自の損害に充当したものと認める。

五  弁護士費用 各二〇万円

本件事案の内容、審理の経過および認容額に照らすと、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は原告らに対し各二〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告らが被告ら各自に対しそれぞれ二〇九万七七三〇円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年七月九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却し、なお、被告らの仮執行免脱の宣言を求める申立についてはこれを付さないのが相当であると認めるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

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